つくばね

あらすじ

この取材記は読者が私宛に送ってくれた1本のE-Mailから始まりました。その方の自宅から出てきた古文書は筑波山近くの村から送られて来た手紙で、差出人は八丈島から筑波の地に開拓(避難?)に来た佐々木定右衛門という人が書いたものでした。

 

 今から200年近く前、なぜ八丈島から筑波に、罪人でもない「ふつうのお百姓さん」が佐々木定右衛門を筆頭に41人も行くことになったのでしょうか・・・?

 

 以下は「調査開始編」から続きます。 

教育委員会のおじさんの話のまとめ

 八丈島教育委員会でつくばね取材班の質問に対し親切に質問に答えてくれたおじさんの話をまとめると、要点は次の3つに集約される。

 

  1. 八丈島の歴史は飢饉の歴史と言っても過言ではないくらい飢饉が多かった。
  2. 関東圏をはじめ、あちこちに行ったいわゆる「出百姓(でびゃくしょう)」は、別にむりやり連れて行かれた訳ではない。
  3. 特に筑波方面に行った「出百姓」については筑波近郊で発行された歴史(?) 関連の専門誌(?) で近年(?) 数回に渡って調査報告が連載された。

 

 

 とのことで、特に(3)については非常に興味深く、その教育委員会のおじさんも保管していた複写を探してくれたのだが、あいにく見つからず、結局見せて頂くことはできなかった。 

 

この雑誌について情報をお持ちの方は是非このホームページ「つくばね」までご一報頂ければ幸いである。

調査のまとめ

 その後、ひょんな事から自宅近くの古本屋でみつけた「八丈島誌(非売品)」などで、筑波への移住の時代前後を調べてみると、天明の大飢饉が深く関係していることがわかった。 ふつうの人なら年代をきけば、すぐにピンと来るのだろうが我がつくばね取材班は歴史が苦手である。この時点でやっと飢饉と島民避難の関係に気がついたのである。

 

年表はここをクリック

 

 話が長くなるので上の青い文字を押してまず年表を出してほしい。これは私が天明の大飢饉と、筑波へ開拓団がやってきた時代近辺の主な出来事を一覧にしたものである。当時、如何に飢饉や災害が多かったのかがわかる。 さらに地球工学ハンドブックなどでその時代を調べてみると、当時の人には色々と不運が重なっていたことがわかった。

 

  1. そもそも15?18世紀は「小氷河期」であること。これだけでも現在より1度位?気温低い。
  2. 当時は排ガスの温室効果なんか無かったので更に0.5度くらい気温が低かったこと
  3. 浅間山の巨大噴火はすざまじく、江戸で3cmの火山灰の記録があり、更に北半球全体に影響を与えた。噴火後、北半球の実測平均気温(当時こんな測定をしていた事自体、おどろき)が0.5度低下した。この噴火のすざまじさは国立極地研究所がグリーンランドの氷をくり抜いて行った「氷床コア」の実験で、過去約200年の中でも最大級の火山爆発があった形跡がその氷に閉ざされた火山灰の電気伝導度から示唆されている。また北欧では当時の平均気温が1.3度C下がったという記録がある。(年表参照
  4. これは関係ないかも知れないが、太陽活動もその黒点の観察から最低期に近かったこと。紫外線まで考慮すると、ごく僅かに気温が低下する可能性があるらしい。
  5. 当時の農作技術は当然現在より未熟で天災などに対して脆弱だったこと。
  6. 隣の藩の飢饉は極力関わらないという時代背景。ただでさえこれだけ悪条件が重なっているのに、八丈島は更に次のような問題もあった。
  7. 八丈島と本土の間あたりには「黒瀬川」と呼ばれる黒潮本流の7ノットにも達する強力な流れがある上、秋から冬にかけて強烈な季節風が襲う。八丈島、青ヶ島では昔から「二八の日にはいとし子を(船に)乗せるな」という諺がある。これは二月、八月にそれら季節風、潮流、波、うねりなどが激しくなるから、愛する人を航海に行かせるなということである。これは八丈島が流刑地として最適な理由の一つだが、島からの避難時にはこの大流がそれを邪魔する。
  8. 八丈島は本土で飢饉が無いときも飢饉に見舞われることが多い。更に風害、塩害、高潮、高波、大雨、ネズミ害、虫害と、ありとあらゆる災害が当時の農民を困らせた。
  9. 水田になる土地、川がほとんどない。当時は薩摩芋も普及してない。
  10. 隔絶地だから島民に伝染病に対する耐力がない。本土からの流人、漂流者がくるとしばしば数十?数百人の伝染病患者が発生する。寛政7年には疱瘡で合計1000人近くが死亡した。(年表参照

 

 

 つづく「筑波に来た八丈島難民その3」では以上の調査結果を基に、天明の大飢饉発生から1819年(文政2)に定右ェ門が、問題の文書(筑波から八丈島送った190年くらい前の手紙)を作成するまでの軌跡をおはなし風にまとめる予定である。

ここまでの参考文献

O4.大系 日本の歴史10 江戸と大坂  竹内 誠 著、小学館ライブラリー 950 円
O5.地球工学ハンドブック  芽 陽一 編、オーム社 平成5年第1版 9800円

O6.角川 新版 日本史事典 角川書店 1996年初版  3400円。
07. 堂々日本人物史14 近藤富蔵  筑波常治 作、国土社 1999年初版 1200円

08. 江戸の流刑囚 近藤富蔵 佐藤友之 著 三一書房 1995年初版 1900円
09. 島焼け 高田 宏 著 新潮社 1998年第2刷 1500円

10. 八丈島誌 八丈島誌編纂委員会 昭和48年 非売品
11. 豊里町の歴史  豊里町編?

12. 長戸路文書  未公開古文書

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